生きてくだけで息も絶え絶え

人並みの生活って大変だ

バスチアンになりたかった頃のこと つれづれ10

どうも、よこおって言います。

 

小学3年生くらいの頃、母から「読むのは(時期的に)少し早いかもしれないけど」と、本を渡されました。

母は昔からいろんなことに関心があり、今も続いている趣味もとい特技は語学学習です。原文で読んだのか、日本語版で読んだのか、忘れてしまいましたがお気に入りだという本を新調して、プレゼントしてくれた事は覚えています。

学校には持っていかず、宿題とご飯とお風呂を済ませて布団に入ってから、ドキドキする気持ちを持て余しながら、毎夜読み耽っていました。当時は両親と川の字で眠っていて、早く寝る母が奥、真ん中が自分、深夜を過ぎてから寝床につく父が扉に一番近いところという順番でした。電気がついたままの部屋で、父が階段をあがる微かな音に注意しながら、そのタイムリミットまで(遅い時は4時頃まで)息をひそめて文字を追っていました。

物語の主人公はバスチアン。ぽっちゃりとした体型にX脚。いじめられっ子で引っ込み思案。当時「地声の大きさが癪に障る」「(思った事をすぐ口にする性格が)むかつく、嫌い」とクラスメイトに言われてから喋るのが苦手になった自分は、バスチアンがとても他人には思えず、同じように毛布にくるまって本を読む姿に強い親近感を抱きました。

ファンタージエンで自分が想像する理想の姿を手に入れた彼のように、いじめっ子たちに立ち向かえるようになった彼のように、誰の声も忘れて、自分が望む自分のまま、大きな声で、ちょっとピッチのズレた歌をうたって、悪は悪だと言い切って、大好きな絵を描いて、ピアノの練習はほどほどにして、でも発表会ではみんながアッと驚く演奏をして・・・そんな風になりたいと思っていました。想像力の豊かさなら負けないのになあ・・・なんて考えたりもしました。

嫌われたくなくて、でも声をあげるのは怖くて。ああ、1年生の時によく靴がなくなったのはここに繋がるのか、凧がひとりだけ完成しなくて、ひとりで教室からみんなが凧揚げしているのを眺めていたのはこのせいか、音楽室、クラスメイトみんながいる前で「あんたのこと、大嫌い」と言われたのはクラスの総意だったのか、何人かが手紙をくれて「こっそり手紙で喋るならできるよ」と書いてあったのは、口を利かないという宣言だったのか・・・それでも友達がいた。笑って帰れる日があった。ありがたい。

さみしい、という感情をまだ現状に当てはめられなかった、もしくは言葉を知らずにただ漠然とイライラするような、もやもやするような気持ちでいっぱいだった頃。私は確かにバスチアンになりたいと思っていました。 

はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)

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今週のお題「読書の秋」