生きてくだけで息も絶え絶え

人並みの生活って大変だ

ありきたりな事 つれづれ11

どうも、よこおって言います。

 

先日、図書館で【「ひとり会議」の教科書】を借りました。

1日10分であらゆる問題がスッキリする「ひとり会議」の教科書 (Sanctuary books)

1日10分であらゆる問題がスッキリする「ひとり会議」の教科書 (Sanctuary books)

 

頭に浮かぶ言葉を余す事なく書き出してみようだったり、やらなきゃいけないけどやりたくないこと(=0点)を如何にしてやりたくて仕方ないこと(=120点)にするにはどうするかだったり、頭を空っぽにする為に問題点ややることは文字にしておこうだったり。

この中で最も好きなキャプチャーが、Chapter4-1「自分の枠を取り払う」。今までの失敗や苦い思い出から、本来ある筈の道や可能性を「ない」ものとして歩き続けている。それが「自分らしさ」になり、その「自分らしさ」の上を生きている。だから「突然閃いたなにかすごいこと」は脳にとって「異常な精神状態で考えた良からぬ事」と認識され、時が経って見返すととても頓珍漢に見える。そうならない為には、たった3%しか働かない脳を味方につけるしかない。3%しか使われていないということは、100個の情報があっても、優先度の高い3個以外は全て捨てているということ。新しい鞄を持つと同じ鞄を持っている人が多いように感じるのは、この3%に「新しい鞄」が入っているから。といったような内容。

昔は携帯電話を持ち替えた時に「あれ、あの人も同じの使ってる」とか「うわー、先輩と被っちゃったよ・・・」とか思うことがよくありました。誰がどんな物を持っているという事は気にならなかったのに、自分がそれを持った途端、一気にそこが焦点の中心になる。重要度の低かった「他人の持ち物」が、「自分の所持品」と重なった瞬間に重要度が上がり、思考の優先順位をあげたのだと思います。新しい事を始めると、自分でも気付かないうちに手がつかなくなったものがあったりするのもここが原因なんじゃないかと思っています。特に最近は「最先端の情報を仕入れる」という事が最優先になり、得た情報を深く追うということはしない人が、自分を含めて多いように感じます。で、結局それどうなったの?と問われると答えられないんですよね・・・

 

そういう意味で、最近はよく自己啓発本と言われるものを手に取っているなあと思います。松岡修造さんやメンタリストのDaiGoさんが出版されているものだったり、20代でやるべき事系の書籍だったりを、この数ヶ月でいくつか読んできました。共通するのは思っている事を声に出す/文字にして可視化するということ。そして、何事においても、決定(やる/やらない)は自分の心がイエスかノーかで決めるということ。 書き手の表現方法や言い回しに差はあれど、それに尽きるんだなと感じました。自己啓発本はどれもありきたりな内容で・・・なんてレビューも見かけますが、そうなんでしょうね。結局は、自分を高められるのは自分だけなんだろうと思います。自分がどう考えて、どう動くか。考えて、動くところまで自分でやらなきゃ、何も考えていない/動いていないのと変わらない。そんな当たり前で、ありきたりな事を、声高に叫ばなければならない世の中なんだなあ。

当たり前で、ありきたりな事をするのに勇気が必要だなんて、ちょっと不思議な世の中ですね。

本気になればすべてが変わる―生きる技術をみがく70のヒント (文春文庫)

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メンタリストDaiGoの心を強くする300の言葉

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自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと (Sanctuary books)

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